MizoiYutaka

2011年7月12日の大学院特別講義で行った、「ICRP勧告とは何か?〜福島第一原子力発電所の事故についてみんなで考える」の講義抄録を掲載します。

要旨:3月11日以前には、一般の人々が耳にすることはめったになかった「ICRP勧告」という言葉ですが、福島第一原子力発電所の事故以来、新聞やTV、お茶の間の会話まで、ICRP勧告という言葉が出てこない日はないと言ってもいいほど、浸透してしまいました。福島県では、幼児さんからお年寄りまでICRP勧告の内容が日常の話題になっています。一般に流布しているICRP勧告に対する理解や、マスコミに登場する専門家やコメンテーターの解説は、本来、ICRPが伝えたい内容とはすれ違っている部分が多いようです。この講義では、ICRPという組織について、またその勧告について、専門的な立場から、解説をする予定です。また、この解説を元に福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染について考えてみたいと思います。
また、我々が福島県において行っている、緊急被ばく医療スクリーニングの活動や、広域土壌サンプリングと測定の活動についても、時間の許す限り報告したいと思います。

(注)講義中に使った画像や写真については、版権などの問題があり、掲載の可否を判断できないため、ここには掲載していません。参考文献に豊富な図や写真があるので、そちらを参照してください。

Contents

放射線利用の現状

放射線は今や原子力発電に関する産業だけでなく、工業や医療など幅広い分野で活用されている。桝沢和章[Radioisotopes, 60(2011)189]の研究によると、平成17年度の放射線利用の経済規模は、合計8兆8,527億円(対GDP比1.8%)である。その内訳は、原子力発電などのエネルギー利用が4兆7,410億円(54%)、その他の産業・医療の放射線利用が4兆1,117億円(46%)となっている。
さらに後者の内訳を見ていくと、工業利用(2兆2,952億円,56%)、医学・医療利用(1兆5,379億円,37%)、農業利用(2,786億円,7%)となっている。
工業利用の分野は、半導体加工、照射設備、放射線計測機器等、非破壊検査、放射線滅菌、高分子加工などが挙げられる。

このことから、放射線を利用する産業の広がりは大きいことがうかがい知れる。つまり、学生諸君が、将来の就職先で放射線を利用する可能性は高い。
現在は、原子力発電所の事故による不慮の被ばくが取りざたされているが、現代の産業が放射線を利用する以上、なんらかの理由で業務上の被ばくする可能性もゼロではない。これら放射線を扱う事業所の事故による、関係者以外の被ばくも、実際には起きている。
診断や治療など医療行為に伴う放射線利用は、患者本人だけでなく看病にあたる家族にも被ばくの可能性をもたらす。

現代社会は、常に放射線による被ばくと向き合って日常生活を送らねばならない時代とも言える。被ばくの影響について、正しい知識を身に着けて判断し行動することが求められている。

放射線の利便と害悪の歴史

まずは、放射線の発見と利用の歴史を振り返ってみる。

  • 1895年11月8日 X線の発見 W.C. Röntgen, Nobel prize in Physics 1901.
  • 1896年3月2日 ウランの放射能の発見 A. H. Becquerel, Nobel prize in Physics 1903.
  • 1898年12月26日 ラジウムの発見 M. Curie & P. Curie, Nobel prize in Physics 1903 & Chemistry 1911

これらの放射線が発見されると、それを使って様々な利用方法が試された。X線は、物質を透過し、物体の内部を透過して見ることができたため、興味本位の大道芸としてもてはやされたり、靴屋が客の足に靴を合わせるためにX線を利用した。
これらの放射線は、様々な病気の治療のために照射されその効果が試された。胃がん(Despeignes,仏)、狼痕(Finsen,丁)、有毛性母斑(Freund墺)、乳がん(Grubbe,米)、鼻咽喉がん(Voigt,独)、など、多くの記録が残されているが、初期の成功例は有毛母斑の治療だけであった。
第一次世界大戦では、兵士の頭部に残された銃弾をX線写真がとらえている。

放射線の無制限の利用が広がるのと呼応して、放射線による健康被害も多く知られるようになってくる。

  • 1896年 X線による熱傷、X線による脱毛
  • 1902年 皮膚がんの誘発
  • 1911年 白血病の誘発
  • 1924年 ラジウム鉱山の労働者の肺がん誘発
  • 1934年 夜光塗料(ラジウム)の工員の骨肉種

記録に残るもっとも古い放射線障害と推測される病気は、16世紀 Georg Bauer (Agricola)によって報告されている。Joachimsthal地方(現チェコ共和国)の採鉱夫に特異な症状を「Joachimsthal山病」と同定した。

参考文献:A Century of X-Rays and Radioactivity in Medicine by Richard R. Mould

International Commission on Radiplogical Protection 〜ICRPについて

歴史

放射線治療に関わる医師、看護師、技師、患者の過剰な被ばくが問題化してきたことから、1925年に開催された第1回国際放射線医学会議(ICR)にて、「防護に関する委員会」と「X線の量・単位の決定に関する委員会」の設立を決定した。当時、放射線を測るための統一された単位も存在しなかったため、まず、国際X線単位委員会〜International X-ray Unit Committee〜IXUCが設立され、レントゲン単位が導入された。
続いて、1928年の第2回国際放射線医学会議(ICR)にて、国際X線・ラジウム防護委員会〜International X-ray and Radium Protection Committee〜IXRPCが設立された。

1950年に、IXRPCは国際放射線防護委員会(ICRP=International Commission on Radiplogical Protection)に改組・名称変更された。同時に、IXUCは、国際放射線単位測定委員会(ICRU=International Commission on Radiation unit and Measurement)へと改組・名称変更されている。

ICRPの位置付け

ICRPは独立した委員会であるが、国連の各機関などと連携して活動を行っている。UNSCEARなどからデータの提供を受け、検討材料としている。
また、ICRP勧告は云わば放射線防護の哲学を述べているだけなので、その実現のための具体的手法などを、IAEAWHOなどで検討している。
ICRPと諸団体との関係を図に示す。

icrp.png

ICRP勧告

ICPRとICRUは共に、完全なチャリティー団体、すなわちNPO(非営利団体)である。構成員は世界中の研究者から選出されている。一部の個人や団体からは、誤解されているようであるが、ICRPは放射線や原子力の利用を推進するような特定の産業団体や政治団体などの利益を代表するような組織ではない。
ICPR勧告の哲学では、「放射線利用による利益が、放射線被ばくによる不利益を大きく上回る時のみ、放射線被ばくが正当化される。」となっている。これは、「被ばくする個人についての利益と不利益を秤にかける。」という意味である。「利益」も経済的なものだけでなく、生活の質や、実験データの収集など、個人によって利益の置き所は様々である。例えば、「放射線治療によって病気が治癒する可能性が、被ばくによる健康被害の可能性よりも充分に高ければ、放射線治療が正当化される。」というような例を考えてみればわかりやすいであろう。ICRPは放射線や原子力の利用促進を一切謳っていない。
よくある誤解は、「会社や国家の経済的利益が個人の放射線被ばくを正当化する。」というものであるが、全くの見当違いな解釈である。
ICPRは、科学的データの蓄積とその解析状況、社会情勢の変化などを見ながら、適当なタイミングで、「放射線防護」に関するガイドラインをICRP勧告として発行している。決して、被ばく線量の許容値を勧告しているわけではない。

ICRP勧告の特徴を箇条書きにすると、

  • 規制当局、助言機関に対し、放射線防護の基本原則に関するガイダンスを提供
  • 世界中の研究者、規制者、利用者による検討
  • 幅広い分野からのパブリックコメント
  • 国際放射線防護学会(IRPA)、OECD/NEA、ECなどによる国際会議、セミナーで議論

ICRP勧告は内部の委員だけの検討で決定されるのではなく、世界中の様々な分野の研究者や産業界、各国の政府関係者による、何回もの会議やパブリックコメントなどの検討を経て、決定される。科学的に正等な判断に基づき、合理的な内容である。一個人やある種の一団体が、ICRP勧告を否定できるような科学的根拠を示せることは、まずないであろう。

ICRPの刊行物は、勧告とその根拠となる支援図書からなる。現在までに出版されている勧告と内容の変化を列挙する。

  • ICRP Publication 1: 1958年勧告 線量限度 職業:50mSv/y, 公衆:5mSv/y
  • ICRP Publication 26: 1977年勧告 職業:50mSv/y、公衆:1mSv/y、被ばくの正当化、防御の最適化、社会全体(公衆)の防御、ALARA=As Low AS Reasonably Available
  • ICRP Publication 60: 1990年勧告 職業:20mSv/y、線量制限から放射線防護へ拡張
  • ICRP Publication 103: 2007年勧告 3つの状況(計画、緊急、現存)に分けて対応、最適化に重点、環境への影響

日本の放射線規制に関する法律は、1990年の勧告に基づく検討が行われ、近年に法改正と公布、施行が行われている最中である。勧告が日本の法律に取り込まれるまで10年以上かかっているわけであるが、福島第一原子力発電所の事故に対応するためには、2007年勧告に基づく方が合理的である。早急な対応を望みたい。
ICRPの出版物は英語で出版されるものが正規であるが、ICRPの認可を受けた日本語版が日本アイソトープ協会から刊行されている。

ICRP2007年勧告の哲学

放射線防護の3つの基本原則、つまり「被ばくの正当化」、「防護の最適化」、「線量限度の適用」を謳っている。
被ばくに関連する可能性のある人の望ましい活動を過度に制限することなく、放射線被ばくの有害な影響に対する人と環境の適切なレベルでの防御を達成すべきであるが、科学的知識だけでなく、社会的・経済的側面も考慮しなくてはならない。
そのために、「計画被ばく状況」、「緊急時被ばく状況」、「現存被ばく状況」に分けて対処することを勧告している。
それぞれの意味する状況は、

  • 計画被ばく状況: 業務上の管理可能な被ばく。日常的に「被ばくによるリスク << 利益」という状況に管理できる状態を指す。放射線源が完全に管理下にあることが前提である。
  • 緊急時被ばく状況: 予期しない状況から発生する好ましくない被ばく。事故や事件などによって、関係者だけでなく無関係な人々(公衆)や環境が被ばくする恐れのある状態を指す。緊急の対策が必要な状況である。
  • 現存被ばく状況: 緊急事態後の長期被ば状況。緊急事態は収束したが、管理下から外れた放射線源が存在する状況である。今後、どのように放射線源と被ばくをどのように管理するか、さまざまな決定をしなければならない。

福島第一原子力発電所の事故に関しては、現在は「緊急時被ばく状況」から「現存被ばく状況」へ移行しつつある段階であると考えられる。住民は被ばくによって受ける利益は全く無いので、被ばくする可能性のある地域の住民は即座に避難すべきということになるが、避難に伴う不利益を考慮した場合、被ばくを低減する措置を取りながら、その場所に住み続けるという選択もありうる。これは、個人の判断と、行政・政府の判断が衝突する状況であるが、ICRP勧告では、個人や地域の人々と当局者が、正確な情報を元に充分に議論して、結論すべきとしている。ほとんどの人々は、その地域に住み続け、元通りの生活を送りたいと願うであろう。

放射線にまつわる単位

放射線に関する単位系は複雑である。正しく理解しておかないと無用の混乱を招く。

  • 放射能 Bq(ベクレル)
    Bqは放射能の単位として使われる。
    放射線は、原子核が崩壊する過程で発生する。原子核の崩壊は確率的事象であるため、原子核を1個だけ持ってきて、観察していてもそれがいつ崩壊するのかは予測できない。例えば137-Csの原子核をN個用意して、それが1秒間あたりたり何個崩壊するかを測定すると、平均してλN個となる。λは原子核の種類に固有の値で、崩壊定数と呼ばれる。崩壊する原子核は、毎秒λN個づつ失われていく。原子核の数が元の数の半分、つまりN/2個になるまでの時間を半減期と呼ぶ。半減期=latex math imageである。
    1秒間に何個の原子核が崩壊するかを表すために定義された単位が、Bq(ベクレル)であり、【崩壊数/秒】という量を表す。
    崩壊に伴って放射線が発生するため、Bqが大きいほど数多くの放射線が発生することになる。崩壊に際して、どんな種類のどんなエネルギーの放射線が何個でるかは、原子核の種類ごとに異なる。原子核の種類を特定しないと、Bq数を定義できない。
    厳密な定義では、放射能A[Bq]=λNとなる。
  • 吸収線量 Gy(グレイ)
    Gyは、ある物質が1kgあたりに放射線から受けたエネルギーを表す。[Gy]=[J/kg]である。
    放射線が物質にどのような作用を及ぼすのか、分子・原子レベルで詳しく見ていくと膨大な手間隙がかかる。一方、物質全体としてどの程度の影響を受けたのかを大まかに推測するためには、物質が放射線からどの程度のエネルギーを受け取ったのかを知る程度で、推し量ることができる。
  • 等価線量、実効線量、線量当量 Sv(シーベルト)
    Svという単位は、等価線量、実効線量、線量当量、という意味の異なる3つの量に対して用いられるため、時として混乱を招く。等価線量と実効線量は、放射線防御の理論を構築するための、仮想的な理想量であり、実測はできない。放射線防御のための実務用として、線量当量が使われている。線量当量は、実効線量を近似するための測定値可能な量として、定義されている。
  • 等価線量
    生体組織が1kgあたり放射線からどの程度の影響を受けたのかを表す。基本はGyと同じ、1kgあたりに受けたエネルギー量であるが、同じエネルギー量でも放射線の種類(α線、β線、γ線など)によって、生体に与える影響が大きく違うため、その違いを補正してSvととして表示する。同じSv値なら、生体に与える影響は同じということになる。
    例えば、α線で1Gy照射したときは20Svだが、γ線で1Gy照射した時は1Svである。逆に、1Svの影響を与えるためには、α線なら0.05Gyであるが、γ線なら1Gy必要となる。
  • 実効線量
    全身に一様にある等価線量の放射線に被ばくした時に、臓器ごとの影響の出やすさの度合いで重み付けをして、全身への平均的な影響を評価した値である。
  • 線量当量
    等価線量と実効線量は実測不可能であるため、日常的な放射線管理業務のための測定量としては使えない。実用量として、線量当量が定義されている。ICRUにより定義された方法で測定される。一般的なサーベイメーターや個人線量計は、1cm線量当量として定義された量を測定している。

低線量被ばくの問題

低線量被ばくの影響は良くわかっていないと言われるため、過剰な不安感を煽ることがある。実際には、影響が現れる確率が、自然発生の確率に比べて小さいため、有意な精度で検出できていないということである。この小さな確率を推測し、個人や社会にとってこの確率が受け入れられるレベルか否かを判断する必要がある。
例えば、発病する確率が1万分の1といわれていても、実際に発症してしまった人にとっては確率は100%であると受け取られるため、社会と個人の判断の基準を合意するためには、充分な情報の提供と理解、話し合いが必要であろう。

急性高線量被ばくと低線量被ばく

短期間に多くの線量を被ばくした場合は、細胞死による組織の壊死や臓器の機能不全などのような明確な影響が現れる。このような影響を確定的影響と呼ぶ。確定的影響には、臓ごとに閾値があることがわかっており、その閾値以下の被ばく線量では、影響は現れない。

下記の表に、全身に短期間で放射線を浴びた場合(急性被ばく)の、線量と影響を示す。

線量(Sv)1-22-44-66-88以上
潜伏期(日)21-3518-288-187以内0
主な症状疲労感、脱力感発熱、免疫低下、出血、脱毛、疲労感高熱、免疫低下、出血、脱毛高熱、下痢、めまい高熱、下痢、脱毛、意識障害
死亡率(%)00-5020-7050-100100

細胞には、放射線による影響から回復する能力があるため、同じ線量でも長期間に渡って受けた場合は、この表で示すよりも確定的影響は小さくなる。
一方、放射線による傷を修復した細胞が、染色体やDNAの誤修復を起こしてがん化する可能性があることがわかっている。これは、確率的に起こるため、確率的影響、あるいは、長時間経過した後に影響が現れるため、晩発性影響と呼ばれている。確率的影響には閾値はないと考えられている。

現在、福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染で議論の的になっているのは、上記の表のような高線量の急性被ばくの影響ではなく、この表に示した線量よりも低い線量を、長期にわたって積算した場合に、確率的影響がどの程度、どのように現れるのかという問題である。

低線量被ばくの影響

予備知識

低線量被ばくの影響については、大気圏内核実験による放射性降下物(フォールアウト)の影響について、1950〜1960年代にかけて科学論争となった。1945年に原子爆弾によって被ばくした、広島・長崎の原爆被ばく者に白血病が増加していることが、1955年に報告され、これをきっかけとして、UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会 United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation)が設立された。
UNSCEARは、21ヶ国からの代表者で構成され、年に1回の国連総会の際に、世界中の放射線源と影響の情報収集と検証検証を行い、被ばくの影響を推定した報告書を提出している。
1979年のスリーマイル島原子力発電所の事故や、1986年のチェルノブイリ発電所の事故の際にも、低線量被ばくの影響について議論が巻き起こり、人々の不安が掻き立てられている。
不安感を煽る議論を見てみると、ほとんどは科学的な根拠に基づかない思い込みや誤解などの情報不足に起因する不安である。あるいは、科学的なデータに基づいてはいるが、科学的なデータに含まれる誤差の最大値に対する理解不足が原因のこともある。

低線量被ばくの影響は、小さな確率で現れるため、その影響を正しく理解するためには確率・統計学に対する知識も必要となる。一般の人々は、専門家にわかりやすい説明を要求するだけでなく、自らも学ぶ努力も求められよう。
確率的現象が起こる回数は、平均値を中心として、ある誤差の範囲でふらつくような結果となる。一般には、平均値を中心とした正規分布(ガウス分布)となる。例えば、コインを投げて表がでる確率の平均値(これを期待値とも呼ぶ)は1/2つまり50%である。表が出る確率を精度よく求めるためには、何度もコインを投げる必要がある。試行回数を増やせば増やすほど、平均値が精度が上がることが直感的には理解しやすいであろう。試行回数をNとすると、誤差はlatex math imageの程度となる。N=100回では誤差は10%、N=10000では誤差は1%となる。誤差を10%から1%まで減らして精度を上げるには、試行回数を100倍にしないとならない。この誤差は、統計誤差とも呼ばれ、確率的な事象には必ず付きまとう。例えば、コインの表裏のように平均値50%の事象であれば、統計誤差は1%以下になれば充分な精度と考えられる。一方、平均値が1%というような稀な事象の場合は、統計誤差が1%では検出できたとは結論できない。誤差1%を0.1%にするためには、N=1000000と、さらに多くのサンプル数(試行回数)か必要となる。
低線量被ばくの影響は1%以下の確率であることが予想されている。その影響を十分な精度で評価するためには100万人規模の被ばく者のデータが必要となるが、そのような膨大な人数の被ばく者は存在しない。従って、低線量被ばくの影響についての高精度の結果は得られていない。
発がん率などのように、放射線以外の原因による発生率(これをバックグラウンドと呼ぶ)が、被ばくによる発がん率を大きく上回っている場合、被ばくによる影響の確率の評価はさらに困難となる。

(注:測定誤差について。例えば、長さや質量などを測る時の誤差は、確率(偶然)に左右されることがなく、測定装置の性能などで精度が決まるため、測定誤差と呼ばれる。統計誤差とは、本質的に全く異なる。)

被ばく量と固形がんの発がん率の関係

低線量被ばくによる、統計的に充分な発がん率のデータはないため、広島・長崎の被ばく者約12万人のデータから低線量側に直線的に外挿することで推測する。
下図は、横軸に推定被ばく量(Gy)と、縦軸に固形がんの発がん率の過剰相対リスクの関係を示したグラフである。縦軸の過剰相対リスクは、自然発生率を1として、それ以上にどれだけリスクが変わるかを示す量である。低線量領域では、直線による外挿がよい近似であることがわかる。直線の傾きは、1Gyあたり0.5の過剰相対リスクの上昇をしめしている。つまり、1Gyの被ばくで発がん率が1.5倍になる。血液がんの場合、1Gyの被ばくで5倍の発症率とされている。
これは、一度に被ばくした場合のリスクであるが、低線量率で徐々に被ばくた場合は、リスクは約半分になると考えられている。

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上のグラフは、被ばく時年齢などを調整したものであるが、リスクの高さは被ばく時の年齢に大きく依存する。下の図は、発症年齢と1Gy当たりの過剰相対リスクの関係を被ばく時年齢別(0-9歳、10-19歳、20-39歳、40歳以上)に表したグラフである。年齢が低いほど、影響が大きい。低線量被ばく時にこのリスクを外挿できるかは明らかでない。

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ほかにも、循環器疾患などのがん以外の疾患についても、1Gy程度の被ばくでは影響が現れていることが報告されている。[A.Minamoto et al., Int. J. Radiat. Biol. 80(2004)339]

ICRP Publication 111

福島第一原子力発電所の事故を受けて、ICRPは本来は有償で購入する必要のある文書を、無償で公開した。
Application of the Commission's Recommendations to the Protection of People Living in Long-term Contaminated Areas After a Nuclear Accident or a Radiation Emergency, ICRP Publication 111, Ann. ICRP 39 (3), 2009
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日本語版ドラフト(「原子力事故又は放射線緊急事態後における長期汚染地域に居住する人々の防護に対する委員会勧告の適用(仮題)」が日本アイソトープ協会から公開されている。
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他に、Publication 109 日本語版ドラフト「緊急時被ばく状況における人々に対する防護のための委員会勧告の適用(仮題)」も日本アイソトープ協会から公開されている。
ダウンロードはこちらから

福島第一原子力発電所の事故

現地での活動報告

我々、原子核物理学の研究者は、原子力発電所の事故を受けて、大阪大学核物理研究センター(RCNP)を中心に支援のためのボランティアグループを立ち上げた。初期の活動は、福島県の原子力災害合同対策協議会の医療班に参加し、被災した人々に対する、放射線スクリーニングや除染を行った。一時帰宅開始後には、一時帰宅者や手荷物にたいする放射線スクリーニングを行った。

また、広域土壌サンプリングを行い、放射性物質の分布状況を把握するための、広域調査にも参加している。
調査結果の一部は文部科学省(8月2日8月30日)とRCNPから公開されている。