基礎理工学科大阪電気通信大学・工学部 |
物質は分子で構成され、分子は原子で構成されていることはよく知られている。その原子の中心には原子核が存在し、そのまわりを電子が飛び交っている。原子の大きさが1(1
=
m)程度であるのに対し、原子核の大きさは数fm(1fm=
m)程度で原子の約1万分の1である。地球上に安定して存在する通常の原子核は、陽子と中性子で構成されており、現在2200種類の核種が発見されている。このうち自ら崩壊しない安定核は約270種である。これらの原子核の成り立ちや性質を対象に実験的・理論的に研究していくのが、原子核物理学である。
1932年にJ.Chadwickが中性子を発見したことを契機に、原子核は陽子と中性子から構成されていることが明らかになった。陽子と中性子を総称して核子と呼んでいる。陽子と中性子は、荷電空間におけるスピン(アイソスピン)の量子数=1/2を持ち、そのz成分で核子における異なった状態として区別されている。陽子は
=+1/2、中性子は
=-1/2である。らに核子はu,dクォークから構成されていると考えられている。
原子核を構成する粒子の多体系として考えると、次のような3つの捉え方ができる。まず、(1)複数のバリオンで原子核が構成されているバリオン多体系、(2)バリオンに加えて中間子などのメソンで原子核が構成されているハドロン多体系、そして(3)バリオンやメソンなどのハドロンを構成するクォークで原子核が構成されているクォーク多体系である。素粒子であるクォークが原子核の構成要素として考えるクォーク多体系の立場が、最も原子核を微視的に捉え、最も進んだ原子核の構造研究であり、さまざまな研究が行われている状況である。原田研究室では、原子核をバリオン多体系として捉えた立場から原子核の構造を研究している。このアプローチは微視的に原子核の構造を研究する出発点であると考えている。
原子内の電子が殻構造を持つことは良く知られている。原子核内の陽子、中性子も同様に殻構造をを示す。陽子、中性子はともにフェルミオンであるからパウリの排他律に従い、複数の粒子が同軌道に同じ状態で占めることはできない。陽子と中性子はそれぞれアイソスピンの異なった状態であるから、それぞれ1つの状態に1つずつ入ることが可能である。全角運動量=1/2の量子数を持つ
軌道(主量子数
=0、軌道角運動量
=0、全角運動量
=1/2)には、z成分が上向き(
=+1/2)と下向き(
=-1/2)の2粒子が入る。全角運動量
=3/2の量子数を持つ
軌道(
=0、
=1、
=3/2)には、z成分が
=+3/2、
=-3/2、
=+1/2、
=-1/2の4粒子が入る。この軌道の1つ1つを殻(シェル)といい、このような構造を殻構造という。
核子はバリオンというフェルミ粒子の仲間である。バリオンには核子の他に、ハイペロンと呼ばれる粒子が存在している。ハイペロンはs(strange)クォークを含んでおり、奇妙さ(ストレンジネス)という量を量子数で区別されている。核子には奇妙さがないので、ストレンジネス
=0に位置し、
=-1にはラムダ(
)粒子とシグマ(
)粒子が、
=-2にはグザイ(
粒子)が存在している。原子核を構成する粒子として、核子に加えてハイペロンを1つ以上含む原子核をハイパー核(超原子核)という。
ハイペロンを含む原子核をハイパー核という。縦軸に陽子数、横軸に中性子数、さらにストレンジネスを第3軸にとり、現在までに存在が確認された原子核をプロットすると、ストレンジネスを持たない通常の原子核(=0)はたくさんの核の存在が確認されているのに対し、ストレンジネスを1つ含むハイパー核(
=-1)はまだあまり確認されていない。さらにストレンジネスを2つ含むハイパー核(
=-2)においては数個しか発見されていない。ハイペロンを含むハイパー核も同様に殻構造を持つと考えられている。例えば
中間子が
に入射されると、(
,
)反応によって、
核内の中性子1個が
粒子に変わり、
ハイパー核
が生成される。核子の1体ポテンシャルの深さが約55MeVであるのに対し、
粒子の1体ポテンシャルの深さは約30MeVと浅く、
粒子はこのポテンシャルのもとで独立粒子運動すると考えられている。
バリオン多体系としてハイパー核を対象に研究することには、次のような利点が考えられる。(1)原子核内に不純物として粒子を注入することで、原子核の構造がどのように変化するか見られること、(2)
粒子は核子によるパウリ排他律を受けないため、これまで調べることが困難であった原子核の深部を探る可能性があること、(3)原子核内のバリオン間相互作用(
ハイパー核を扱った場合では
相互作用など)の特徴を取り出すことができること、が挙げられる。
現在では高エネルギー加速器を用いてハイパー核を実験室で生成することが可能である。その生成方法のひとつである(,
)反応では、
中間子は中性子
と反応して
という素過程で粒子を生成する。原子核内の中性子に
中間子が衝突すると、核内で生成された
粒子はある確率で原子核内に束縛される。同時に生成された
中間子が外に飛び出すため、この
中間子の運動量を測定して、実験的にハイパー核の状態や$
粒子の束縛エネルギーを調べることができる。
次の図ではつくば市にある高エネルギー加速器研究機構(KEK)で行われた(
,
)反応実験で測定された
の励起エネルギースペクトルを示す。スペクトルには
の
粒子が
軌道と
軌道にそれぞれ入った状態に対応する2つの大きなピークが見られる。
さらに近年では2つの粒子を含むハイパー核であるダブルラムダハイパー核の観測も行われている。最近、静止
粒子によるハイブリッド・エマルジョン法によって、約40年ぶりにダブル
ハイパー核
を観測し、KEK-E373実験では不定性なく基底状態の束縛エネルギーの決定に成功した。このようにハイパー核の実験的な知識は着実に蓄積されており、J-PARCにおいても重要な研究分野として多くの研究が進められようとしている。
宇宙には中性子星をはじめとするコンパクト星が存在している。中性子星の中心には高密度なハドロン物質の状態が存在していると考えられている。その部分にはハイペロン(、
、
)を多重に含む物質層も存在する可能性がある。したがって中性子星の構造を解明するためには、核子やハイペロンなどのバリオン間相互作用や高密度物質内でのハイペロンの振る舞いなどの知識が不可欠である。多重ストレンジまで含むハイパー核の研究は、中性子星をはじめコンパクト星の研究に重要な出発点のひとつである。